見栄っ張りは辞めよう。そう思う理由を伝えてみる。

高価な腕時計を身につけること、グレードの高いクレジットカードを持つこと、品質の良い革靴を何足も所持すること

ブランド物にこだわること、キャリアや学歴、肩書きにこだわること、乗っている車にこだわること、住んでいる土地や家にこだわること。

私はこの様な物やステータスで見栄を張る行為は辞めてみよう、とお伝えしたいと思います。

また、なぜ見栄を張る事を辞めたほうがいいのか?その理由も書いてみたいと思います。

中身は無視されちゃうから

見栄を張ると目で見える部分は注目されやすく、人柄や品性といった中身で判断されることが少ない傾向があると思います。

自分の中身ではなく外見だけで判断されるというのは、中身に惹きつけられたということではなく

身に着けている物やステータスを示す対象に惹きつけられていることです。

そうすると、自分には価値がないと言われている様で無性に虚しい気持ちを抱いたりします。

勘違いするから

見栄を張る行為は、自分を大きく勘違いさせる側面があると思っています。

大きく勘違いさせるというのは、外見を立派にしているのだから中身も立派であるという思い込みです。

そしてこれは私のケースなんですが、中身も立派であると誤解すると、自分が間違っているのにそれを肯定しようとしてしまう癖も出てくるので厄介です。

等身大の自分ではなくて、過信して自惚れる自分を作り上げてしまうと思います。

相手との親密度が、ある時点でストップしてしまうから

外見で判断されてこられた方のケースでは、ある時点でそれ以上その方との親密度が上がらないと感じます。

その理由というのも時間が経てば外見ではなく中身を見るように変換していくためで

外見を覆っていた物に惑わされず人柄を見るようになり、外見と中身のギャップがあることから信頼度もそこから下がる傾向があると感じます。

私は過去に「〇〇さんって、本当はそんな人だったんだね」と、言われた事もあり、その方とは距離を置く間柄になってしまった悲しいケースがありました。

多分その方は私の中身と外見の違いから失望したんだと思います。

自分にとって都合の良い性格を作り兼ねないから

見栄を張り続けていくと、ご都合主義で自分の事だけの考えを持つ傾向があります。

「自分には甘く、他人に対する評価は厳しい」という、他者に対する側面を考慮せず自分の主張ばかりを通そうとします。

自己中心的で我儘、そして傲慢で傍若無人ぶりを発揮する自分へと変化させていくと思うのです。

丁寧な言葉遣い、所作といった要素が育たないから

見栄を張ることは自分の精神的な未熟さを隠す行為だと考えています。

見栄を張る様々なシチュエーションを考えると全てのケースがそうだとは言い切れませんが、多くはただ自分の心の未熟さを包み隠す行為だと思っています。

外見ばかりを取り繕っても、言動が研ぎ澄まされていなければボロが出るものです。

見栄を張り精神的な未熟さを隠すことばかり続けていると、いつかは中身が無いことを見透かされてしまいます。

そして見栄を張ることは、相手を気遣う丁寧な言葉遣いといったスキルや,TPOPに応じた選択と行動が出来るスキル等の要素が育たないので、社会生活において自分を困らせてしまいます。

見栄を張る行為を辞めて変化したこと

ここからは私が見栄を張る事を辞めてみたら、どんな変化があったのかお伝えしてみようと思います。

中身で判断しようとする方と出会えたこと

見栄を張る事を辞めると、身に着けている物に注目するのではなく自分の中身を見ようとする方と出会えるようになりました。

見栄えに惑わされて見られることが減り、中身を見てくれようとする方が増えました。

中身を見てくれようとすると、自分自信が認められている様でなんだか嬉しい気持ちになります。

中身を磨こうとする思考と行動へ

見栄を張る事を辞めたら弱い心のままじゃ嫌だから、強い心へと変わりたいと思うようになります。

やっぱり中身がすっからかんの状態は脱したいと強く思ってしまいます。

そのため、中身を磨き続けたいという思考と行動へと移り変わり、強い意志を必要とすることなく継続力を発揮させる事にもなりました。

そうやって中身を磨くための取り組みを少しずつ積み重ねていくと自信に繋がるようで、弱い心が無くなるから見栄を張る必要性も無くなります。

腕時計、クレジットカード、革靴といった道具は、グレードの高い物から落ち着いて実用性のある物へと変わる

弱い精神構造から少しずつ脱していくと、高価な腕時計やグレードの高いクレジットカードはそもそも持つ必要がなかったり、革靴を何足も揃える必要性も本当は無かったと気づきました。

見栄を張るために必要だったコストも下がって、その分を中身を磨くための書籍代や新しく経験するための費用へと充てるようになりました。

見栄を張る事を辞めてみると、自分にとって本当に必要なものかどうか見極められる様になります。

まとめ

この記事を通して、見栄を張る行為について考えるキッカケになればと思います。

見栄を張り続けることは自分や他者を偽ることでもあると考えられるので、その要素も含めて一考してもらえたらと思います。

それではまた。

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