極端な完璧主義や合理的な思考を持つことは、自分の可能性を閉じてしまう側面がある

完璧な状態が整うまで踏み出さない。

無駄なことはしたくないからやらない。

このような考えのもとに行動に移すことを控えると、自分の可能性を閉じてしまう状態を作り上げてしまいます。

この記事は、極端な完璧主義や合理的な思考を優先せず

自分の可能性を拡げるためにもバランスを持った思考を持ってみてほしいという提案をしている内容となっています。

自分自身を諦めず、自分の可能性を信じたい方に役立てばと思います。

チャンスを失う

完璧な状態や計画が整っていないから、とりあえず今は保留にするという考えから現状維持を選んでしまう事や

無駄を排除した取り組みでなければ自分の動機にならないと考えて、何も行動に移さない傾向に陥る事など。

極端すぎる完璧主義や合理的な思考を優先すると、何も行動に移さないことが増え

自分の可能性を拡げるチャンスを失いがちになります。

そして、そういったチャンスを失うことで、自分の可能性を限定的に押し留めてしまう原因となってしまいます。

自分の可能性を拡げるために大きく貢献してくれる、新しい経験をするという機会をも逃してしまいます。

完璧主義や合理的な思考に偏ると、自分に多くの弊害を与える

ここではちょっとした私の苦い経験を交えて、完璧主義や合理的な思考に偏ることで起こる弊害や気づいた内容をお伝えしてみようと思います。

自分の理想と重ね合わせて完璧だと思う状態を整えても、後から振り返るとまだまだ改善の余地があると気づいてしまって、恥ずかしい気持ちと内省してしまう考えを抱いたりしてしまいます。

また、完璧な計画を立てたとしても、その計画通りにうまく進行するとは限らず予測不可能な出来事も起こるので、予定通りに進まないこともあります。

そして、合理的な思考に偏りすぎると、人が持つ感情面を置き去りにしてしまうので、最終的には精神面に負担をかけてしまい自ら自分を苦しめてしまいます。

極端な完璧主義や合理的な考えの中には、このような弊害となる側面が含まれているので

自分の可能性を閉じてしまう影響を与える一方で、自ら自分に精神的な苦痛を与えてしまいます。

自分の可能性を拡げる機会損失の他にも、精神的なダメージを与えるという結果を自分で招いてしまいます。

極端な完璧主義や合理的な思考から脱け出してみると気づくこと

極端な完璧主義や合理的な思考から脱け出してみて気づいたことをお伝えしてみようと思います。

まず、完璧なものはこの世界には無くて、常に物事には不具合や問題を抱えながら改善され続けているということに気づきます。

そして、非合理的で無駄な事だと感じたり意味のないように思えても

自分がまだ知らない意味が隠れていて、自分の視野を広げるチャンスがそこに在ることにも気づくのです。

また、完璧なものだと自分の中で判断していても、他の方から指摘されることで不足のある部分が浮き彫りになるケースが多々あるので

自分の中にどこかで折り合いのつけられる基準を設けることが自分には必要だと気づきます。

きっかけを逃さないことが、チャンスを掴むことになり、自分の可能性を拡げる

この記事でお伝えしたいことをまとめると

極端な完璧主義や合理的な思考を優先すると自分の行動力を阻害してしまうので

自分自身の思考をバランスよく保つようにしてみることを提案してみたいのです。

行動力を阻害してしまうと、自分の可能性を拡げるきっかけが掴めずにチャンスを逃してしまうことに結びついてしまいます。

自分の可能性を拡げるための過程は、まず行動に移してみた後で、自分の感情を動かすきっかけに触れ、そのきっかけが自分の可能性を拡げるチャンスだったと気づく事であると私は考えています。

ですから、自分の可能性を拡げるために極端な完璧主義や合理的な思考は手放して

自分に適した無理のない思考を模索し試してみてほしいのです。

そうすることで現実に行動してみる機会も増え、自分の視野を拡げると供に自分の可能性をも拡げられるようになると思うのです。

まとめ

是非とも自分の可能性を拡げる行動を阻害させないために、極端な完璧主義や合理的な思考に偏ることを手放してもらえたらと思います。

それではまた。

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