もうダメじゃない。生きている。心身の健康がある。それならチャンスはいくらでもある。

もうダメだと思うときは、その時に賭けていた望みが叶わなくて、失望する気持ちを持つ瞬間だと思います。

今まで真剣にやってきたものほど気持ちを切り替えて進み直す事が困難で、かなり気持ちが沈んでしまうと思いもします。

そんな風に落ち込んでしまうことや失望してしまう場面において

「生きてさえいれば、そして心身がまだ健康であれば

いくら転んでも立ち上がれるチャンスがある」と、この記事ではお伝えしてみたいと思います。

諦めたくない気持ちが少しでも残っている方

今までやってきた物事に「ダメ」という言葉を貼り付けたくない方

そんな方に役立つ内容となれば幸いです。

生きてさえいれば、可能性はあるということ

生きてさえいれば、もがいてみる時間もあります。

そして、模索してみる猶予もあります。

生きていて心身の健康が少しでもあれば、なんとかしてみようとする気持ちや、足掻いてみる機会もあります。

どうしてそんな事がお伝えできるかと言いますと

私は病気や怪我で手術や入院そして通院を繰り返していた時期が度々あり

本当に命を落としそうな経験もしたからです。

命を落とさない限りは、数えきれないチャンスや時間が残されていると、自分の身をもって痛感した次第です。

諦めたり辞めてしまう事は、命が尽きれば強制的に執行されるという事

手術や入院をしている最中というのは、規則正しい生活サイクルに戻ることもあれば、一人で考えるという時間もたっぷりとある状況です。

そんな時に、自分の命だったり残されている時間について考えたり、身体と精神の健康のありがたみについても本当に自覚できたりします。

病院のベッドの上で長い時間、シャレや冗談では済まない、笑って見過ごせない内容だと捉え直して真剣に考えてもいました。

そのようなことから、誰にも必ずと言っていいほど、私もあなたも、自分の命である時間が尽きてしまう事からは避けられないことは明白で、自分の持ち時間には必ず限りがあるという事に気づけます。

そこでお伝えしたい内容というのは

命が尽きてしまえば、五体を動かしたり誰かと意思疎通をしたり、やりたいという気持ちを持つことや行きたい場所に行くことも強制的に終了してしまうということです。

そして、まだ自分の命が尽きていない今の状況なら、やろうと思えばできる選択肢が残されていて、いくらでもチャンスがあると気づけるという事です。

限りのある自分の時間について真剣に想い巡らすと、「生きてる間は諦めなくても良いかな」、「どうせなら好きな事をやり続けてみようかな」と思えたりするものです。

体感して腹にストンと落として理解するための経験を必要とする

ここまで書いてきましたがいくら文字として理解できても、体感を通じて理解する事とは全くの別物だと思います。

そのため本当に、「生きていて、心身の健康もあるからチャンスはいくらでもある」と理解するには、自分の命の危機を体感したり、心身の健康を失う経験が必要だと思います。

ですから過去をふりかえり、命を落としかねなかった危機的状況や心身の健康を害した事を思い返し、その時に命が尽きていたらと想像してみてほしいと思います。

まとめ

生きて心身の健康があれば多くの可能性やチャンスを誰もが持ち続ける、といった内容を書き綴ってみました。

私は本当に生きてさえいれば、望みは全くのゼロじゃないと思っています。

最後まで読み進めて下さった方が、諦めたり辞めていた事を再開するようになれば書いて良かったと思います。

それではまた。

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