思考を深め続けるためには?方法とメリット

自分の頭で考えられるようにするために、私なりに取り組んでいる方法をお伝えしている内容となっています。

また、自分で考えられるようになる事で、どんな良い面があるのかという内容も書いています。

自分で考えて行動できない、具体的に考えられない、物事を深く考えられない

といった悩みをお持ちの方に、ちょっとでも役立つ内容となればと思います。

自分をチェックしながら、独自の考え方を模索していく

私は自分の考えを深めたり発展させていく過程の中で、物事の捉え方や考え方の枠組みを疑うようにしています。

誰かの考え方や意見を模倣したり鵜呑みにしていないかと、自分を疑って再び考え直してみるという取り組み方です。

実は自分が頭の中で考えている考え方や物事の捉え方って、本当は誰かの意見や思想に根付いた考え方に沿って導いているだけで、自分独自の考えじゃないのでないか?と、疑問を持ちながら思考を進めていきます。

こんなふうにして、自分の思考を疑いながら考えてみる理由というのも、自分で考えるという作業がとんでもないエネルギーを消費してしまうと感じて

自分が見聞きした考え方を無意識に用意し真似をし、楽をしようとしてしまうのを避けるためでもあります。

自分で意識できない事が無意識であって、私は無意識に楽をしたいという力が働きがちです。

「自分で独自に考える」という取り組みから逃げてしまっている事に途中で気づくためにも

自分の思考に疑問を持つという取り組みは、自分なりに自由に考えるためにも大切だと考えています。

周囲の流れに便乗していると、自分で考えられない人間になる

他にも、私がどうして自分の思考を疑う取り組みをしながら考えを進めていくのかと言えば、それは周囲の流れに便乗して、自分で考えられない人間になってしまうのを防ぐためです。

どんなに優秀な方や権威のある方でも間違いを犯してしまうことは痛感していますし、多くの方が同じような思考のもと、同じ行動を繰り返す事が過ちであったりするケースも知っているので

そういった方々の考え方や意見に便乗して自分が過ちをしてしまった際に、その責任を社会や他人に押し付けるような真似をしたくないからというのも理由の一つです。

自分で考えられない人間になると、自分で自分をコントロールしていない傾向になりがちで、他人や社会に自分の手綱を無条件に渡してしまう事が当たり前の状態に陥ることは何としても避けたいと思っているのです。

そういった理由もあって、私はそのような状態に陥らないためにも、自分の思考の枠組みだったり固定されていると思われる思考の傾向パターンに対して、疑い再考してみるようにしているのです。

継続的な努力が自然と出来て、自分なりの楽しさを味わえる

ここからは、私なりに自分で考えられるようになる事で、どんなに良い事が起こるか書いてみようと思います。

まず始めは、自分で考えられるようになると、自分の考えを正しいものとして証明するために継続的な努力ができたり、自分なりの楽しさを味わえるという事が起こると考えています。

自分独自の考えのもとに行動に移すというのは、多くの人とは異なる行動となり、大きな流れとは逆行する形になります。

ですが、そこには自分が独自に選択した生き方が自分にとって正しい道だと証明するために、たゆまぬ努力を継続できるという力が備わって、続ければ続けていくほどより強固なものとして組み立てていくと思っています。

努力を努力と思いもしなければ、継続している事が平常運転となって、努力が苦しいものではなく楽しいものへと認識が変わっていくとも感じています。

そして、もう一つの点である、自分なりの楽しさを味わえるという内容ですが、これは消費をして一時的な楽しさを味わうものとは異なり、数段上の面白さを味わう事です。

お金を払ってエンターテイメントを楽しむような娯楽は受け身となり、その時だけの楽しさを受け取るだけで、終わってしまえば寂しさを感じますし、再び楽しみたい気持ちを味わいたいため消費を繰り返してしまいます。

また、私はそういった消費による受け身である楽しみは、楽しさの賞味期限は短いといった共通点があると考えてもいて、手頃ですが満足度が低く、バーゲンセールで安売りされている商品だなと、ちょっと冷めた目で捉えてしまいます。

その一方で、自分で考えられて行動する楽しさは、無いものを作ってみたり試してみるという創造活動であって

結果的にうまくいこうがなかろうが進めていく段階の過程から楽しみを味わえます。

目的地に到達しなくても、目的地を目指している道中の道草を楽しめるのと似ています。

たとえ、創造する取り組みにおいて何か形として一つの完成した作品を作り終えたとしても

そこで満足せず次の作品を作るために以前の失敗を元に改善し、更に良いものを作ってやろうと無理に頑張ることなく行動的にもなると感じています。

次の作品を作る上で想像したりするだけでも楽しめるという面もあり、上手くいかなかった点をどのように改善し反映していこうかと思案したり

上手くいったらどんな喜びがあるだろうかと、先のことを考える喜びも味わえます。

私は自分なりの考えを持つと自然と創造活動に移り、ワクワクしながら楽しめるというループを繰り返すようになり、楽しみの賞味期限は伸び、長く味わう事が出来ると思っているのです。

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自分で考えられるようになると、新たに独自の道を切り開けるようになる

自分で考えられるようになる事で、どんな良い面があるのかということを書いてきましたが

その中でも特に、人として自分の生き方に責任を持ち生きてみようとする勇気を持つ事が出来る、といった点について書いてみたいと思います。

自分で独自に考えられるようになれば、社会が示すお手本となる生き方から外れたとしても、自分の生き方に責任を持つと決めたので、新たに道を自分で切り開いていける力が自然と備わっていくと思っています。

多くの人と同じ生き方を選ばなくても、自分の生き方に向き合って真剣になっているので、大勢の人と一緒ではないことに不安を感じることも軽減されたり、人生の終わりを迎えそうな時には後悔は少なくなるとも考えています。

このブログを書いている私自身も、日本社会である教科書通りの生き方は歩んでいないので、自分で考えて、自分の人生に無責任のままじゃいけないと腹を括るような強い想いを持つと、そんな風に捉え考えられます。

何かの本に書かれていた文章だったり、誰かが発していた言葉だったのかは忘れてしまいましたが

自分の人生の脚本を描くのは自分だ、という言葉や、自分の物語を作るのは自分だ、という言葉は、正にその通りだと感じた次第で

自分で考えられるようになることは、自分の脚本を描いたり自分の物語を作る上では大事な要素だと思っていて

深く思考したり、思考の行き止まりで留まらず更に展開し続けていけるようになることは、自分の生き方を真剣に捉え、最高だと思えたり喜びを感じるためには、欠かせないものだと思ってもいます。

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