私なんか、俺なんか、自分なんて、僕なんかと、気持ちが落ち込んでしまうタイミングに立ち止まって考えてみてほしいこと

「どうせ私なんて」と思うタイミングをよく観察してみると

自分の力が及ばなかったり、自分の思うようにいかなかった場面でよく起こったりしませんか?

どうしてこうなってしまったのか?

私はなぜこうなのか?

と、自分の行動をちょっとだけ振り返ってみたときに

そんな風な気持ちになり、自分を小さく見てしまうことがあると思います。

この記事は、そのように考えて気持ちが沈んでしまった時に

ちょっとだけ見方を変えてもらえて、気持ちを切り替えられる

お手伝いができたらと思い、書き綴ってみたものです。

今の自分を認めたくない気持ちが混ざっている

「自分なんてダメな奴なんだ」と思ってしまっている反面

「いやいや、全然ダメな奴なんかじゃ無いよ」と

認めようとしたくない自分の気持ちも混ざっていることに気づいたりします。

現状の自分の力の無さを認めず、変わらない自分のままでありたいと思う気持ちの働きがあるのかなとも思います。

今の自分を自分で否定したくない、心の葛藤を抱えているんだと考えられます。

実は自分を責めてしまいやすい人ほど能力が高い

現状の自分ではどうにもならなくて、力不足で自分を責めてしまうのは

実はとっても良いことで、その人の能力が高いことを示していると思います。

なぜかとお伝えすると

自分で自己分析をして、力を測ることが出来ている証拠であって

「今」の自分の力を正確に捉えている事実を、ちゃんと見ることができています。

自分の理想と現実との差を正確に見つめられている証拠でもあります。

他にもメリットがたくさん隠されている

自分を小さく見てしまう中には、実はメリットがたくさん含まれていると思います。

実力が無いのにプライドだけは高い人や

傲慢な人になる可能性は限りなく少なくなりますし

うぬぼれたり天狗になることが無いから

常に自分の能力を伸ばし続けていくモチベーションを保てるという面があります。

また、現状の自分の力を正確に把握できているので

落ち着いて冷静さを取り戻せば、次なる行動に移しやすいという面があります。

複雑化した考えから、単純化した考えに移行できれば

実力が無いなら、つければいい

分からないなら、調べてみればいい

動けなかったら、動いてみればいいと

自分を責めてしまいやすい方ほどシンプルに考えることが出来ると

次なる行動に踏み切る決断が早くなるというメリットが隠されています。

まとめ

簡単にまとめてしまうと

自分を責めることは自分で反省会を開いているようなもの

反省できるということは、自分の現状の力を正確に測れている証拠

自分で自分を分析できる能力が高いこと

などです。

そのため

自分を分析しているタイミングは

次に自分自身がどのように具体的な取り組みをしていけばいいのかを示すサインだと気づけば

特に落ち込む必要性が無いことや、気持ちを切り替えられる心の働きに動くので

すぐに次なる行動に流れていきやすいのだと思います。

最後となりますがこの記事を読んでくれることで、何かの気づきやきっかけになれば書いて良かったと思います。

それではまた。

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