暇つぶしの時間は、自分の寿命を粗末に扱うという事でもある。本当は暇な時間なんてこれっぽっちも残されていないんだ。

普段の生活で何気なく過ごしていると、自分の残り時間を大切に扱うことを忘れて粗末に扱う傾向があります。

特に何気なく発言する「暇つぶし」という言葉の背景から、自分の寿命でもある時間をどうでもいいことに費やしていると考えられるのです。

この記事では、暇な時間なんて本当は残されていないという内容をお伝えしています。

自分自身の残されている時間というのは例外なく限りがあります。自分の時間を大切に扱うためにも少しばかりお付き合い頂けたら幸いです。

自分の時間というものを強く意識しづらいから、いつの間にか頭の中から消えてしまう

時間というものは本当に不思議で、アナログ時計で物理的な針を確認したり、デジタル時計の数字を確認すれば現在時刻を把握できたりしますが

自分の寿命である残り時間を把握したり意識することは困難です。

体のどこを見て、どんな状態から推測して割り出せばいいのかなんて検討もつきませんよね。

よく平均寿命から考えるケースがありますが、本当のところ個々人ではばらつきがあり、自分が果たして平均寿命まで時間があるのかどうかすら分からないのが真実です。

このように書いてみることで分かることは、自分の寿命である時間をぞんざいに扱ってしまう理由は、自分の残されている時間を目視や物理的な形として正確に認識できないことだと考えられるということです。

どうすれば、自分の時間を大切に扱うのか?

平均寿命で残り時間を推測する考えもありますが、実際には平均寿命まで生きられるかどうかは分からないと書きました。

その他にも考えなくちゃいけない要素を取り入れて、複合的に再考してみることが大切です。

その要素とは、災害や事故、事件、病気や怪我などによって、不意に残り時間がゼロになってしまうケースです。

実際に災害や事故に巻き込まれたり、大きな病気を患って命の危機に瀕した方には強く共感していただけると思いますが

こればっかりは痛い想いを経験してみないと実感できないので言葉では伝えきれないところです。

そこで、自分の時間を丁寧に扱う意識を持つためには、自分に残されている時間というのはいつ無くなってもおかしくないと捉え直す経験をすることが本当に必要だと考えられます。

私の経験からもお伝えできることは、人は痛い経験をしないと本気で取り合わない習性があるため、痛みを伴う経験はどうしても必要だと思うのです。

自分の終わりについて考えることは、自分の生き方を豊かにする

社会の中では人が亡くなってしまう話題を避けたり、隠語を使ったり、遺体にモザイクをかけて報道したりする傾向があり

自分の終わりについて深く考えさせられる機会が奪われていると思います。

そこで、この記事を通してお伝えしたいことは、自分の終わりについて少し考えてみて欲しいということです。

終わりを迎えそうな時に、何を想って何を感じたいのか?を事前に考えたりすることは

そこにまだ到達していない自分が、それまで何をしていきたいかをハッキリと明確にさせ、自分の生き方を豊かなものにしようとする考えや行動に反映させ易くさせると考えられます。

自分の寿命を何に充てて、どんな風に楽しんで、誰と時間を共有したいのかを真剣に考えようとするので、生き方をより良いものへと転換することになると思うのです。

私ごとですが、怖じ気づいて挑戦しなかったり、やりたいことを諦めるという意識が無くなってしまう効果もあると感じます。

どうせ終わりがあるのなら、終わる前にこの世界を楽しみたいとも思えるのです。

まとめ

この記事は、「暇つぶし」という言葉を聞いて、なんて勿体無いんだと思って書いた内容でもあります。

自分の残り時間を意識することは油断するとすぐに忘れてしまうので、繰り返し思い返すことも大切だと痛感もします。

終わりとなりますが、「暇つぶしの時間」を「豊かな時間」へと変化させる効果がこの記事にあれば幸いです。

それではまた。

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