私が他人の顔色を伺う事を辞めたきっかけは、ある事を知ったから

組織やグループの中で常に他人の顔色を伺ってばかりだと、自分を大事にしなければ大切に扱おうとせず自分を疲れさせてしまいます。

他人の都合や顔を立てることに自分のエネルギーを費やすので、いざ自分の事をしようとした時に体力がゼロというパターンもあります。

実は私も過去に同じような態度をとっていたことがあり、日々他人に振り回されて疲弊していたことがあります。

この記事ではそんな昔の私がどうやって他人の顔色を伺う態度を辞めたのかをお伝えしています。

他人の顔色を伺う事に疲れている方に役立てばと思いますので是非読み進めてもらえたら幸いです。

言い争いになると決めつけていた

私の過去のケースを元にお伝えしてみると、他人の顔色を伺ってしまっていた理由というのは、自分の意見や考えを伝えてしまうと波風を立てたり争いに発展してしまうと恐れていた事が理由でした。

異なる意見を交わすことそのものが言い争いになると考えていたのです。

こんな事を言ってしまったら相手になんて言われるだろう。

もしこんな事を言ったら、馬鹿にされたり傷つく言葉を言われるかもしれない。

相手とは違う意見を伝えることで相手を怒らせるかもしれない。

と考えたりして、自分の意見や考えに蓋をして相手に合わせてしまっていました。

違う考えや意見を持つことはごく自然なこと

しかしそこで行動範囲を広げてみることや新しい人との出会いを経たことで、一人ひとりが皆異なる意見や考えを持ちそれぞれの個性があることに気づきます。

また他にも実験を通して、他人が自分をどう思っているかなんて過剰に気にする必要が無い事にも気づきます。

(関連記事)他人が自分をどう思っているかなんて過剰に気にする必要が無い

完全に同じ考え方や見方は無く、同じように見えたりしても微妙な差があって一致することは無いと気づきます。

そして、話し合いを発展させていく時に相手の意見をねじ伏せようとせず、互いの意見の妥協点を見つけたり、新しい案を模索していこうと互いの歩み寄りの姿勢があることも知ります。

例えば二人の友人同士が外食する時にお肉が食べたい意見と魚を食べたい意見に分かれたとしても、片方だけの希望を通すのではなくお肉も魚も食べられて二人の望みも叶うお店に行くという案を作る事が可能なんだと気づきます。

な〜んだそんな事かと思われるかもしれませんが、私にとっては大きな気づきでした。

違う意見を持つもの同士が歩み寄ったり、妥協点を見つけていこうとする姿勢を作れたり、互いに相手の事を尊重したりする気持ちを持つ方法があるんだったら

自分の意見や考えに蓋をしなくても済むし、相手の意見や考えを否定しなくても済むんだと目が覚めるような気づきだったのです。

自分を大事にして丁寧に扱うようになる

そうした事に気づいた私は、なるべく自分の意見や考えを相手に伝えるようにもなれば

相手と自分は違う意見を持っていることは自然なことで、絶対に口論となって争うことは決まってもいなければ、互いに歩み寄る姿勢を持つことも可能なんだと思えるようになります。

そのような考えに気づく事で、自分を小さく評価する見方を捨て「私なんて」と思うことも減ったり、他人の言葉にビクビクすることからも解消される変化がありました。

今まで自分の気持ちを大事にしてこなかったことにも気づいて、これからは丁寧に接してあげようという考えを持つようにもなりました。

他人の顔色を伺うことを辞めると他人を優先することから自分を優先することへと変わって、自分を大切にする意識を持てたと思います。

まとめ

ここまで私がどういった経緯で他人の顔色を伺うことを辞めたのかをお伝えしてみました。

自分と相手の意見が違うことは自然な事として捉え直したこと。

自分の意見を伝えたからといって否定されたり口論になるとは限らないこと。

自分と相手との2つの異なる意見から、新しい3つ目の案を模索できる可能性があることなど。

このような事に気づく事で、違った意見を伝えても問題がないと分かったので、他人の顔色を伺う必要性が無くなってしまったという内容でした。

最後にこの記事を読んでくださった方が、相手の顔色を伺う事なく自分の意見や考えを伝えられるようになれば幸いです。

それではまた。

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